AKBというビジネスモデル

昨日、AKB48の前田敦子の「卒業」ラストコンサート生中継を観た(こういうリアルタイム放送を観るのはロンドン五輪を除けば年末の紅白以来だろう)。

歌の最中にはアップされる子の顔がどんどん切り替わるので、かなりせわしない。隣で観る娘に「これは誰?」「これは○○か?」とか質問したのだが、分かった気になった子だけでも打率3割を切る体たらく、要は3~4人ぐらいしか識別できないことが分かって少々情けなかった。

こうした多人数ユニットは「おにゃん子クラブ」、「モーニング娘。」という流れの中で出来上がったようだが、それにしても48という人数には当初は驚かされたものである。「誰が48人も覚えられる?」という小生の素朴な疑問に、「ファンは自分の好みの子のことさえ観れればいいんだよ」という娘の回答があり、なるほどと感心したことを覚えている。

昨日は卒業していく前田アッちゃんに他の子たちがメッセージを語る場面が感動的だったのだが、その最中にも「私はNMBで…」とか「SKEで頑張ります」などのコメントもあり、娘が「この子は今HKTだよ」とか「この子が今度上海駐在だよ」とかいう指摘ありで、なるほどAKBのグループ政策って企業とよく似ていると思った。人事異動や駐在が頻繁にあるし、別プロジェクトとの兼務もあるらしい。地方子会社で成果を上げて本社に凱旋するみたいな方式らしい。

AKBは芸能界の既存の方式と新しい試みを取り交ぜて展開する、ユニークな存在である。Akihabara48劇場を拠点に多人数で展開するのは、西の宝塚や昔のSKD(松竹歌劇団)の流れを汲んでいるが、お笑いの吉本に近い感覚である。また、ユニットを自在に組み替えて音楽・バラエティ番組への露出拡大を図るところはジャニーズ事務所のやり方か。

そしてCDが売れない時代においてAKBの存在感を圧倒的なものにしたのは他を圧倒する売上であり、それに効果的な仕掛けが色々とある。通常は歌手のCDを買った人に付いてくる特典は、コンサート優先予約権だったり握手権だったりするが、これは他の歌手でも採用されている。しかしAKBの場合、これに「総選挙」への投票権という仕掛けが加わるのが特徴的である。ファンは自分のひいきの子が上位にくるよう、同じCDを幾つも買って投票権を得ようとするのだ。ほとんどゲームのアイテムを買う感覚だろうか。しかも握手会の際の行列の長さが人気のバロメータになっていると聞く。AKBという一軍とNMBなどの二軍との間での降格や昇格という要素もあるので、ファンは懸命に応援することを余儀なくされる。実によく考えられたビジネスモデルである。

それにしても昨日のフジテレビの放送はへたくそだった。本当に最後となる歌の途中にCMが挿入され、リーダーがアッちゃんを送るメッセージの最後のセリフがCMで途切れたり、きっと視聴者からのスポンサーへの反感が局にも届いたのではないかと心配したのは小生だけだろうか。
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バイナリー地熱発電という代替手段

週末の報道番組でバイナリー地熱発電を紹介するものがあり、興味深く観た。

このブログでも何度か書いているが、地震国ニッポンには地熱発電が非常に向いている。わざわざ遠いアラブからアブラを、そしてロシアからガスを高いカネで買わなくても、本当は身近にエネルギー源が豊富にあるのだ。しかし通常の地熱発電は、温度が150℃以上の地下からの蒸気でタービンを回す構造ゆえ、適地が限られるとされる。その大半は国立公園内か、既に開発されている既存の温泉に隣接する場所であり、試掘のためのボーリング計画すら猛反対が起きる(後者についてはただの既得権益者なのだから、公共の利益のためには無視してもいいと小生は思うのだが)。

それに対しバイナリー地熱は、もっと温度の低い蒸気の持っている熱を水よりもっと蒸発しやすいペンタン(沸点36℃)などに熱交換させて、その蒸気でタービンを回して発電するように工夫したものである。これだと既存の温泉井戸でも(または温泉としては不適なものでも)利用可能なため適地は格段に拡がる。実際、今日本で唯一商用化している九州電力の八丁原(はっちょうばる)地熱発電所が使っている温泉も、温度も噴出圧力も下がり、使えなくなった温泉を転用したものだという。

TVに映ったその設備は随分小ぶりで、調べてみるとイスラエル製という(三菱重工業などが技術を持っているが、小ぶりの設備には本格参入していないらしい)。そのため維持管理に手間とコストがかかるそうだ。ならば三菱重工業などは中小企業に技術を売って欲しいものである。どうも日本は変なところで大メーカーに依存し過ぎていて、わざわざ無駄なことをしている。

もう一つバカくさいのは、環境に負荷が少なくコストも抑制でき、エネルギーの地産地消にも向いているバイナリー地熱にすら、地元の温泉宿が反対行動を起こすのでなかなか進めないそうだ。「温泉の湯量が減ったら、どうしてくれるのか。バイナリーでも地下の温泉資源を使うことは同じ。温泉は国民の財産として守るべきだ」と話す地元の反対派には、己の既得権益に少しでもリスクをもたらすものは頑として反対するのである。(表面的な言葉とは裏腹に)公共の利益という概念が全くないとしか思えない。

国内のバイナリー発電に有望な53~120度の地熱資源をフルに生かせば合計833万キロワット分。中型原発8基分もの電力をまかなえるという試算もあるくらい有力な再生可能エネルギーに、政府は本気で取り組むつもりはあるのだろうか。こうした具体的なところに細かな配慮と対処をスピーディに進めていかないと、2030年の原発廃止なんて夢のまた夢となってしまう。急げ!

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「わざと失敗している」と疑う人間心理

最近読んだ本での一節。かのデミング賞で有名な、TQMの提唱者であるW/エドワーズ・デミング博士が紹介しているエピソードである。

あるメーカーでは製造工程で様々な可燃製品を扱う。その結果、工場ではたびたび火災が発生したそうだ。その社長が予防のためにとった措置は何だったか?

実は社長は全従業員10500人に対し手紙を送ったそうだ。「どうか火をつけないでくれ」と。

彼はこの問題を従業員の中に放火魔がいると捉えたのだ。仕事のやり方や指示の在り方がまずくて、ミスとして火災が発生していると捉えずに。

しかし実は、この社長の考え方は、世界では稀でない。何かうまくいかない状況が繰り返されると、人(特に上層部)は「この連中はどうしてこんなにできが悪いのか、もしかすると会社に不満でわざとやっているんじゃないか」と、人間の問題だと考えがちなのだ。こうしたボタンの掛け違いは、グローバル展開で文化背景の違うところで仕事をするようになるとますます拡大しかねない。ご用心、ご用心。

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太陽光発電の固定買い取り制度について

最近、日経ビジネスにて澤上篤人氏(さわかみ投信会長)が発言されているのを読み、全くその通りだと思った。
氏は日本のエネルギー政策に一貫性や戦略性がないことを嘆いている。

日本政府はずっと原発一本やりの一本足打法できて、再生可能エネルギーに対し開発にブレーキを掛けるようなことばかりしてきた(経産省も原子力村の主役だから、当然といえば当然の行動である)。日本が世界をリードしていた太陽電池(PV)導入に投じていたわずかの補助金も、2006年という、いよいよこれからのタイミングで廃止してしまう。それで日本メーカーの天下は一挙に崩れ、ドイツ・米国・中国の後塵を拝することを余儀なくされた。そして今度は「泡を食ったように」固定買い取り制度を導入したが、経済合理性を逸脱した価格設定により、安いだけの中国メーカーを利するだけに終わりそうな制度設計をしていると嘆いているのである。

ドイツやスペインのPV買い取り制度の失敗は、あまりに甘い価格設定が当初の普及を加速したまではいいが、財政的に持たずに買い取り価格を急低下させて自国のメーカーを破綻に追いやることに力を貸してしまった上に、低い変換効率でありながらも単純に大量生産で低価格で市場を席巻しようとする中国メーカーに市場席巻を許したことである。今、日本はその轍を踏もうとしているというのである。

ここからの澤上氏の主張は傾聴に値する。「例えば」に続き、「一定以上の変換効率を持つ太陽電池を買い取りの対象とし、毎年その(条件となる変換効率)水準を引き上げていくのだ」と提言している。確かにこのような制度であれば、メーカー間の技術開発競争は確実に促進される。そして日本メーカーの得意な、変換効率の高い素材開発との組み合わせという技術開発領域の勝負に土俵を持っていくことができるという主張なのだ。こうして自国市場で弾みをつけた日本メーカーが、世界市場をリードできるシナリオにつながるとする。

自国の市場を一種の社会実験台として提供するのであるから、そこには日本の消費者だけでなく日本で税金を払ってくれる供給者にとっての戦略的意味がなくては政策としての価値は低かろう。まさにこの策こそ、消費者もメーカーも納得できる道筋であると小生は同意する。

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いじめと想像力

あまりこのブログのテーマとはマッチするわけじゃないが、前から気になっていたのが、朝日新聞の連載「いじめられている君へ」「いじめている君へ」「いじめを見ている君へ」である。本日で最後、合計34人がいじめについて語ってきた。

大津市の中学生の自殺をきっかけに再びいじめが社会問題として世の関心を呼び、この連載も企画されたことは間違いない。個人的にはいじめたこともいじめられたこともなく、娘もどうやら同様で、それは非常に幸いなことである。しかし人の親として、いじめが記事になったりドラマなどで再現されていると、「もし自分の子がいじめられたりいじめたりしたら」と考えて胸が苦しくなるような思いをしたことが何度もある。

34人の著名人が語りかける内容は色々であるが、いじめられた体験に基づくものが多いのでとても説得力があった。そしていじめられている子に対する同情心に溢れている。しかし残念ながらいじめをしている子は、こうした記事を読まないだろうと思っていた。その親も自分の子がいじめをしているなんて気づいていないから、たとえこうした記事を読んでも他人事だろう、子供に語りかけるなんてしないだろうと思っていた。実際、それが世の中の実態である。

でも連載最後に登場したタレントの春名風花ちゃんの語りかける「君、想像したことある?」での言葉は衝撃的である。自分も今、ネットなどで心無い書き込みをされてとても傷ついていることを率直に述べ、「死にたくなる日もある」という。でも彼女は続ける、「ぼくは知っている。ぼくがいくら泣こうが本当に自殺しようが、その人たちが何も感じないことを」「いじめている子は、自分がいじめっ子だなんて思っていないから」「ただ遊んでいるだけなんだよね。自分より弱いおもちゃで。相手を人間だと思ってたら、いじめなんてできないよね」と。

こんな幼い子が、人間の本質を理解し、「いじめは、いじめる子に想像力を持ってもらうことでしか止まらない」と喝破している。醒めた目でいじめっ子の精神を想像しているのだ。そして胸を張って「いじめゲームをしている君へ」と語りかける。

「想像してください。君があざ笑った子がはじめて立った日、はじめて歩いた日、うれしくて泣いたり笑ったりした人の姿を。君がキモいウザいと思った人を世界の誰よりも、じぶんの命にかえても、愛している人たちのことを。そして、その人たちと同じ用に笑ったり泣いたりして君を育ててきた、君のお父さんやお母さんが、今の君を見てどう思うのか」

この子の文章を読んで、大人の文以上に感動し涙ぐんでしまったのは、その文章が春名風花ちゃんの嘘偽りない率直な気持ちが出ていること、そして何よりこの子は両親から愛されているのだなぁ、と感じたからだ。こうして親の絶対的な愛情に育まれ、日頃語りかけられて自分の存在に絶対的な自信を持てている子は、どんなに苦しくとも決していじめをしたりしないだろう。

子供でも大人でも想像力の乏しい人間は多い。彼らが「いじめはよくない」と実感するのは、残念ながら自らがいじめられたとき以外なかろう。しかし親の絶対的な愛情に包まれることで自己不安がなくなり、そもそも人を貶めることで自分を安心させる必要がなくなるのである。だから最も有効ないじめ対策は、親の絶対的な愛情なのだと思う。

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「技術売買 ある中小企業の決断」を観て

先日NHKで観たのが、東大阪市にある中小零細の加工企業の話である。

従業員14人、家電大手などと長い付き合いがあったが、去年の記録的な円高で大手メーカーの海外進出が進み、あおりを受けて業績が悪化したのだ。そして生命線ともいえる「オンリーワン」の技術を中国企業に売ることにしたという。社長も悩みぬいた末に「技術ならある。売るなら今しかない」と心を決めたのだ。30年かけて培った独自の加工技術には数千万円の値段がつき、この会社は一息つけた。しかし一方で技術が流出し、競合を育てることになったのも事実。長い目で見れば自分の首を絞めることになることも、この社長は自覚している。背に腹は代えられないが、苦渋の決断ということが伝わってきた。

最近、やはり技術売買という話に関わることがあり、他人事ではない。当事者の事情は様々なので一概には言えないが、この例のように苦渋の決断というのが増えてきているようだ。そして売買先として増えているのが中韓の2国である。サムソンやLG電子などは日本の大手メーカーから退職した技術者を高待遇で招き入れ、技術レベルを一挙に上げてきた。中国企業も最近は似たようなことをしているようだ。さらにこうした中小企業から技術を買い入れる方式も併せているのだ。

ソニーやパナソニックなど、小生の知人が勤めている大手家電メーカーの苦境が伝えられる。彼らの失敗は第一に商品企画であり、NC加工技術・3次元CAD/CAMを駆使してEMSが世界的に台頭する中、摺り合わせ技術を得意にする日本のモノ造りの基盤を活かす分野での勝ちパターンを展開できなかったというのが小生の見立てである。彼らは差別化に失敗した上に、事業投資のタイミングと物量の判断ミスがさらに傷口を悪化させたのである。

しかしそれだけでは収まらない。大手メーカーの経営の悪化がもたらしたのは、自社の技術流出に加え、彼らを支えてきた、日本のモノ造り基盤の崩壊の開始である。今こうして足元が崩壊し始めていることを、どれほどの家電メーカーや精密機器メーカーの幹部がきちんと理解しているだろうか。背筋がぞっとくるような話だが、今真剣に向き合わないと、昔の音響メーカーの二の舞となろう。

要はEMSにできないような商品を出すしかないのである。それには大きく2通りある。最先端の精密部品・素材を使った内製モジュールが核となる製品を作り上げるか、独自サービスやコンテンツを付加した、新しい概念のビジネスモデルを作り上げるか、いずれかであろう。前者は実は大手メーカーがこれまで追求して果たしていない道程であり、後者にはコマツという先例がある。小生はこの後者パターンのビジネスモデル革新を進めるお手伝いをしたいと考えている。

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世界に通用する日本の歌手って?

ロンドン五輪の閉会式で英国の世界的歌手がこれでもかというほど出演したことに関連し、我が娘がコメントした。「東京も開催地に立候補しているんでしょう?もし日本で開催したらどんな人が歌うのかな?」と。世間と同様、女子高生たるウチの娘は無暗に多くの現代のJ-POP/Rock歌手と持ち歌を知っている。その彼女でさえ海外に名が通っている人はほとんどいないという。

これは結構難問である。本来なら紅白歌合戦の常連たる大御所達が日本の歌手の代表として相応しいのだろうが、世界的に放送されたときに日本人は胸を張れるのか?小生は北島サブチャンの「与作」とか石川さゆりの「天城越え」とか凄い歌があるとは思うが、何せローカルである。言語が、ではない。感覚が、である。日本語で歌っても世界に通用する歌手というなら、布施明とか(先ごろ亡くなった尾崎紀世彦とか)数人が挙がりそうだが、日本国内でさえもうピークを超えたという扱われようである。

かといって国内で人気の高いゆずでもいきものがかりでも、アジアの一部で知られているくらいで、やはりすっかりローカルなのである。サザンやエグザイル、浜崎あゆみでさえ、欧米人からすれば「この兄ちゃん達、姉ちゃん、誰?」と言われるくらい無名らしい。AKB48だと、日本人から猛反対が出るだろう。

じゃあ米国でちょっとは知られているのでパフィーかとなると、今度は日本人の大多数から「なんであの姉ちゃん達なの?」と批判されてしまうだろう。X JAPANが健在だったら有力候補だったろうが、もうない。海外でのCDリリースとライブをやっている他の有名歌手としてはB'Zや宇多田ヒカル(米国)、福山雅治(中国)などがいるそうだが、日本人ファンを除いた数字としては商売にならないレベルだと言われる。ここにもガラパゴス現象が存在するのである。

ここまで書いて思ったのは、ロンドン五輪の効用は先進国での開催にポジティブになる気分を、日本人の何割かにもたらしてくれたことかも知れない。たとえ閉幕式の出演歌手がローカルな人たちばかりでも構わない。きっとバックの大画面で、初音ミクとピカチュウが素晴らしく可愛いダンスを見せてくれるだろう。

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竹島上陸に象徴される「日本叩き」パフォーマンスの背景にあるもの

2日続けて未明のサッカーTV観戦で敗戦し、堕ち込んでいるところに嫌なニュースが、しかもその直前の敗戦相手から飛び込んできた。李明博大統領が竹島に上陸したという。先日のロシアのメドベージェフ大統領の国後島上陸と同じく、「この土地は日本には渡さない」というアピールをしているのであり、明らかに政治的挑発と国内向けパフォーマンスである。

憲法裁判所に急かされて先般から韓国政府が要求している「従軍慰安婦問題」に対し、日本政府が解決済と相手にしていない態度に韓国内世論が苛立っていることに関し同調し、日本に対し弱腰でないところを見せた、というスタンスらしい。本音は、レイムダック化している上に李大統領の親族が汚職容疑で逮捕され末期症状を示している李政権として、国内問題から目をそらさせる格好の対象としての日本叩きの政治的パフォーマンスである。全く残念である。

元々親日家として知られる李大統領は、当選直後を除けば、ずっと支持率低下に悩んできた。経済通という前評判通りにFTAなどで指導力を発揮し、リーマンショック直後の経済混乱を短期で切り抜けるばかりか、輸出主導型の経済成長路線で客観的には素晴らしいパフォーマンスを発揮してきた。それにもかかわらずずっと支持率低下・低迷に悩まされてきたのは、一つには社会格差の拡大に対する無策を非難され続けていること、そしてもう一つ表立っては指摘されないが、やはり親日家としての評判が足を引っ張ってきたのである。

これは朴正煕(パク・チョンヒ)軍事独裁政権と類似している。絶大な権力を誇りながら暗殺により突如終了した政権であり、最近になってその業績が再評価されているが、終了直後の評判は地に堕ちたものだった。それほど彼の国では親日的態度は政治的には命取りになりかねない微妙な要素なのである。元々支持率低下が常態だったので、もしかするとこのまま「日本叩き」もせずに任期満了を迎えることになるのかと期待していたのだが、執拗なメディアの「日本叩き」リクエストに抗しきれなかった模様だ。

竹島領有問題はどうやら国際司法裁判所へ提訴するというパフォーマンスを日本側が見せ、多分韓国側が無視するという形で、あいまいな決着が図られるのだろう。一時帰国した武藤駐韓大使が再帰任するきっかけがそういう形で得られるのではないか。そうして両政府とも国民に格好をつけるのである。そして「従軍慰安婦問題」も日本大使館前に設置された少女像も撤去されないまま続くのだろう。全く彼の国の収拾のつかないナショナリズムにも困ったものだ。

小生は竹島(韓国名:独島)の歴史的経緯については詳しくない。日本政府や右翼、韓国政府や韓国人のそれぞれの主張は知っているが、それぞれの根拠を比較調査したことがないので、どちらの言い分がよりもっともらしいのか、判断する根拠を持たない。したがって、このまま韓国が同島を実効支配する事態が変わるとも思っていないし、愛国心はあるがそれを武力に訴えてでも取り戻すべきとも思わない。

一方、従軍慰安婦問題については韓国の主張に理があるとは思わない。日本政府または旧日本軍が韓国人・朝鮮人の慰安婦を徴用したという事実がない以上、民間業者と民間人の間の過去の取引や雇用に関し、政府がくちばしを挟むことは許されない。たとえ暴力的な行為があったとしても、それは個別の犯罪として扱う(ただしこの場合には時効の壁が厳としてあるが)以外は、日本政府ひいては日本国民がその責を負うというのはおかしい。

単純に「従軍慰安婦は可哀そうだ。人道的観点から政府が救ってあげるべきだ」というなら、韓国政府が自己の政治判断としてすべきである。わんさといる日本人の従軍慰安婦には特段何もせず、韓国人・朝鮮人の慰安婦だからという理由だけで差別的に日本政府が日本国民の税金で救済するというのは、どう考えても筋が通らないではないか。冷たいようだそれが国際常識というものだ。ましてや、「ええかっこしい」の一部日本人が間違った義侠心で「日本の戦争犯罪」をでっちあげるのはもっと許せない。真の日韓友好のためには市民レベルでも本音の意見をぶつける場があってもよいと思うがいかがだろう。

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日本ユニシスの筆頭株主にDNP

三井物産が大日本印刷(DNP)に日本ユニシス(NUL)株式を一部譲渡し、DNPがNULの筆頭株主になるというニュースが飛び込んできた。NULは小生が5年間所属した古巣でもある。
http://japan.zdnet.com/cio/analysis/35020281/

このニュースに対しOBからは「物産に見放されたか」という嘆きの声も聞かれたそうだが、小生の見方は違う。むしろ前向きな受け止め方である。これはNULにとって飛躍の機会となり得る、と。

実は小生は以前(ただしNUL退職後)、NULの株式を保有していた。株主総会で当時の籾井社長に対し幾つか質問した件の一つに対し、近いうちのプロパー社長の誕生を約束してくれた。そし実際に後継社長はプロパーの黒川氏であった。籾井氏は約束を守ってくれたのである(小生がNULを退社したため、籾井氏に対し面白くない気持ちを持っていると感違いしている人がいるかも知れないが、籾井氏とは考えを異にする部分があったとしても人間としてビジネスマンとして尊敬していることをここで改めて言いたい)。

もし今後もNULにプロパー社長を続かせるのであれば、物産にとってのNULの価値は大きく減じるのである。なぜなら物産グループには既にMKIという(物産が株式の過半数を押さえ幹部を物産出身者で固めた)SI企業がおり、忠実にMKIの意向を反映させることができる。それに対しNULは規模はでかいし技術力も上だが、「物産なにするものぞ」で育ってきたプロパー社員が幹部の多くを占め、物産にとっては扱いにくい存在だ。物産の副社長クラスや部長・次長の「天下り」ポストを確保するぐらいしか確実な価値はなかったのである。しかしそれを、籾井氏は物産本社と交渉して止めさせたのではないか。当然、NUL社内の士気を高めるためである。

今回の株式譲渡はその代償である。「天下り」ポストを確保できないNULの株式を保有しておく必然性は、物産にはなくなっていた。しかも(最近のSI業界全体に共通するが)同社は業績低下により株価が低落し、この先の見通しも不透明である。少なくとも物産の株主に対して株式保有の必然性を説明できなくなっていたのだろう。

さて振り返ってDNPとNULである。2社は多分これまでに色々なビジネス協業をやっているので、互いの幹部同士も旧知のはずだ。IT業界に対し並々ならぬ意欲と興味を示してきたDNPは、水面下で物産に売却を働きかけていたのかも知れない(いずれ真相が聞こえてくるだろう)。

少なくともDNPが関与するIT絡みの事業機会には今後、NULにまず声が掛るだろう。今までだったら(物産がMKIを優先するため)独力でそうした事業機会の開発をやらざるを得なかったNULとしては、事業提携機会の多いDNPが親会社になったことは、同社の事業機会の範囲を一挙に拡げるだろう。昔の仲間には「おめでとう」と言いたい。少なくともインドのIT企業へ売られる(という可能性があったのだが)よりもずっとハッピーな展開であると信じる。

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タイの都市中間層のユニークなアイデンティティ

8/7(火)に日本アセアンセンターに立ち寄り同センター主催の「企業人・駐在員のためのASEAN各国・民族の歴史」の一つ、「タイの歴史:王室、都市中間層、農民の三角関係の歴史的起源」を拝聴してきた。講師は一橋大学の社会学研究科の浅見教授であった。

トピックスは「タイのテレビドラマに観る国民像の変化」とされ、新旧のテレビドラマやニュース番組なども時折使われて(当然、解説つきで)、全般に非常に面白く、分かりやすかった。

この「三角関係」というのは王室-農民-都市中間層の関係を指す訳だが、元々王室と農民の関係は密接かつ良好で、都市中間層は浮いた存在だと、巷間言われているものと実態とは多々違う側面があるようだ。しかももう一つ、タクシン氏とその一派という要素が大きく絡んでくる。

現国王は米国生まれでスイス育ちという西洋合理主義者だが、王室の存在意義をアピールするため、若いころから地方を巡幸され、農民から慕われているというニュースが常日頃流されていた。しかし実態としては、殆どの農村は国宝の訪問を受けたことはなく、一方でタクシン政権によるバラマキ政策の恩恵に預かってきたために、親タクシン派が多いそうだ。一方、都市中間層はそうしたタクシン派の露骨なやり方に対し自分たちの税金が無駄遣いされていると感じ、反発してきたという構図がある。しかも国王とタクシン氏は個人的に反目し合っている。

つまり「国王-都市中間層」vs「タクシン-農民」という対立構図がベースとしてあるのだ。しかも都市中間層の大半は日本のように農民出身ではなく、華僑などの移民の子孫がかなり多いという。小生の友人たちも大半は、この都市中間層の出身で経済的に成功した連中である(一部、貴族階級出身というややこしいのもいるが)。

浅見教授の解説で分かったのは、彼ら都市中間層のアイデンティティの複雑さである。先祖は華僑として流入しながらも、経済・社会的に主流化し、世界の他地域にあるように一部チャイナタウンに集中せずにタイ社会に同化していったそうだ。そのため農民がタイ語を話せるのに読み書きできないのに対し、都市中間層のタイ語習得は会話はもちろん読み書きに習熟したのである。挙句は彼ら経済実権を握った都市中間層の話すタイ語が、結局は標準語になってしまうという皮肉な現象まで起きたそうだ。

そして彼らは祖先が華僑だということは認識しながらも、自らを一級のタイ人として認識しているという。これは世界的には珍しい現象かと思われる。そして知るに値する情報であった。

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「格差社会」と幸福度の関係

NHK Eテレの「スーパープレゼンテーション」という番組が好きで、録画してよく観ている。巧手たちのプレゼンを参考にするつもりで観始めたが、今ではその内容に惹かれることが多い。

今までで特に衝撃的だったり感動したりしたテーマには:
- ジル・ボルティ・テイラー「脳卒中を語る」
- スーザン・ケイン「内向的な人のパワー」
- パティ・メースとプラナフ・ミストリー「"第六感"開発中」
などがある。
http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/

つい最近観た中ではリチャード・ウィルキンソン「格差が社会に及ぼす影響」が衝撃的だった。趣旨はこうだ。先進諸国間で比較すると、犯罪など社会問題の発生率、不健康の度合い、自殺率など、社会の幸福度に関する様々なデータを調べてみると、絶対的な社会の富裕度、例えば国民総所得などと幸福の度合いとは無関係である。むしろ同じ社会における格差の大小こそがそうした幸福の度合いに相関する度合いが圧倒的に大きい。つまり富の分配こそが、格差をなくし、国民の幸せにつながるということだ。

この点は最近、日本でもブータンのような国をうらやましがるような風潮があり、何となく感じている人が多いと思うが、データで裏付けられたのは感心した。プレゼンでは、日本や北欧は富裕層と貧困層の格差が小さく、英国や米国は大きいことが強調され、前者グループのほうが後者グループより望ましい存在であることが印象づけられた。風潮があり、何となく感じている人が多いと思うが、データで裏付けられたのは感心した。日本に住んでいる我々にはピンと来ない(「隣の芝生は青く見える」)が、確かに英米のギスギスさよりはましかも知れない。

ただ幾つか問題はある。北欧は元々の収入格差が大きく、それを税金等により再配分することで格差を縮小させている民主社会主義であるのに対し、日本は収入格差が小さく、社会の再配分機能が弱いことがこのプレゼンでも指摘されている。特に北欧や中欧に住んでいる友人の話を聞くと、それを社会政策的に意識して推進している彼の国々の賢さに感心する反面、日本で格差が拡大しつつある現状を憂うものである。政治が機能していない証左であろう。

もう一つ気になったのは、子供の幸福度については日本だけが特異な存在だったことである。他の先進諸国では社会の格差が小さければそれだけ子供の幸福度も高いのだが、日本だけは社会の格差が小さいのに子供の幸福度は最低レベル(つまり米国と同等)なのである。それだけ日本の子供たちは窮屈な日常を送っているということであり、これが最近改めて話題になっているイジメ問題と密接な関係があることは間違いない。我が家の娘は幸いイジメと無縁に育ってきたようだが(多分「知らぬは親ばかり」ということはないと思う)、大人として申し訳ないと同時に、この社会を担う次世代の元気を取り戻して欲しいと心から思う。

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「負け狙い」と「引き分け狙い」の違い

今日は一日眠不足が堪える日だった。未明の「なでしこvsフランス」の戦いを観ていたせいだ。4年に一度の祭典である上に、男女ともメダル獲得に成功する予感がしているものだから、(年も考えず)無理をしているのである。高校生の娘も同じように起きており、今年が受験の年でなくて本当によかったと感謝している。

それはさておき、前述のバドミントンの「負け狙いによる失格」騒動に関連して、「なでしこ」佐々木監督の1次リーグ最終戦での「引き分け狙い」発言が色々と批判されている。同様にスポーツマンシップに劣る行為だという批判であるが、小生は違うと思っている。

佐々木監督の狙いは、グループ2位通過により決勝リーグ初戦を近くの会場で戦えること、つまり選手のコンディション維持だったという。それを理由に佐々木監督を擁護する人もいるかも知れない。しかし別段、その狙いが「米国もしくはフランスと決勝リーグ初戦で当たることを避けること」でも非難されることではないと小生は思う(もしそういう理由なら非難されるべきというニュアンスの意見が多いようだが)。肝心なのはそこではない。

佐々木監督が選手に指示したのは「わざと負ける」ことではなく、「勝ちにいかない」「引き分けで終わる」ということであった。サッカーは「引き分け」という決着があるスポーツである。決勝リーグだと無理やりPKで決着させるが、1次リーグでは引き分けのままである。試合は確かに必死さやスリリングさに欠けたもので、観客にはちょっと退屈なものだったかも知れないが、ぶち壊しではなかった。つまりルールとして、戦略として許される範囲である。

もしこれが「わざと負ける」ことを監督が指示し、その通り選手が実行したのだったら、失格になっても文句は言えない。当該のバドミントンの試合を観れば分かるが、「負け狙い」の試合というのは一方的に手を抜くので、スポーツの試合とはいえない。しかし「引き分け狙い」というのは双方がちゃんと対峙して相手に点を入れさせないように防御するため、高度な技術を尽くさなければいけないため、試合として成り立つのである。そう、「負け狙い」と「引き分け狙い」の間には、埋められない大きな違いがあると思う。

それにしても佐々木監督がその狙いをマスコミに公表する必要はなかった。特に試合前には。選手のやる気を削ぐし、今回のように議論になるのは避けられない恐れを考えたら、無言を通すべきだ。それがリーダーのあるべき姿ではないか。

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無気力試合とシステムの不備、そして「冤罪」の可能性

ロンドン五輪での女子バドミントンで、わざと負けを狙ったとして4組8人が失格になるという前代未聞の出来事があった。中国・インドネシアは処分を受け入れるも、韓国のみが異議申立てしたが却下されたそうだ。

これは明らかにシステムの不備である。3ケ国(中国、韓国、インドネシア)の8人が関わるということから分かるように、特定の国だけが汚いという話ではない。要は主催者側の仕組み設計の際に考えが足らなかったのであろう。

少なくとも分かっているのは、4組とも最終戦を前に既に決勝トーナメント(決勝T)進出を決めており、最終戦の勝敗で準々決勝の相手が決まることになっていたということ。ここまで聞くと、他の競技でもよくある方式に聞こえる。何が狂ったのか。

残念ながら夕刊の記事にある図と記事の書き方が悪く、読んでも結局、本当のところが分からないままである。朝日にまともなスポーツ記者はいないのか?ウェブでもまともな解説図を載せてくれるところがない。

ここからは想像だが、多分まずD組で中国チームの1つが2位になり、決勝Tでの位置が決まったのだろう。次にA組で中国と韓国が対戦したようだ。その際、A組の中国チームはD組の中国チームと決勝まで対戦しないよう、A組の2位を狙い最終戦をわざと負けようとしたのである。ここまでは分かる。次にA組の韓国チームはなぜか、C組1位になりそうな韓国チームと準々決勝で同国対戦しようとして、対中国戦でやはりわざと負けようとしたとされる、ということになる(まずここで疑問ありだが)。

直後に、C組の韓国とインドネシアの対戦があったとされる。既にA組1位の韓国チームと2位の中国のチームの決勝Tでの位置は決まっている。C組の1位になると世界ランク1位でA組2位の中国チームと対戦することになるので、韓国とインドネシア両チームとも勝ちたくない。だからわざと負けようとしたということである。しかも韓国チームはC組の2位になるとA組1位の韓国チームとの同国対決になる。これで確実に準決勝に韓国チームのどちらかが進めると考えたとされる。

正直、A組2位となった中国チームと、C組の2位となったインドネシアチームのやったことは汚いのかも知れない(だからこそ非難されるし、失格とされる)が、このシステムでは、決勝Tで勝ち上がるのにいい位置を最終戦で選ぼうとするのは当然ではないだろうか。バドミントンには引き分け狙いという選択肢がないだろうから負けを狙ったのだろうが、そうした意図的選択をさせる仕組みがおかしい。あらかじめ組み合わせを決めておくのではなく、決勝Tに8チームが勝ち残った時点でくじ引きで対戦を決めればよいではないか。一方のブロックに1位通過のチームが偏る不公平を危惧するのであれば、1位通過と2位通過が必ず対戦するように別々のくじ引きにしてしまえばよい。こうした検討をあらかじめしていなかったのは、主催者側の怠慢である。

もう一つ疑問なのは、本当に韓国チームは両方とも、準々決勝での自国チーム同士対決を望んだのか?という点である。もし準決勝で対戦するのであれば、確実にどちらか決勝に行けるので、コーチがそう指導することもあり得ない話ではない。しかし準々決勝で自国チーム同士が潰し合いをするのではメダル獲得のチャンスが小さくなってしまうと考えるのが普通ではないか。これは「冤罪」の可能性があると小生には思える。

さて、この騒ぎに乗じようとしたのはインドのオリンピック連盟。「B組の日本も1位になるとD組2位の中国と対戦することになるため、格下の台湾にわざと負けた。そのせいで台湾がB組1位、インドが3位となり、決勝Tから脱落した」と主張したそうだ。D組1位のオランダも強いので、そんな訳あるか!とは思うが、中国が苦手であれば論理的にはあり得る。「通るとは思わない主張でも、ダメもとで言ってみる」というインド人らしい厚かましさではある。

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アスリーツの力

この数日、猛暑に加えて連日のロンドン五輪での放送により、我が家の生活パターンが一時変調をきたしている。

まず最初は猛暑。先々週から夏休みになっている娘が、(自分の部屋はとっくにエアコンをつけているのだが)昼食前にダイニングルームが暑すぎるからとエアコンをつけよう(ONしよう)と先週金曜だったか、言い出した。我が家は高台にあって風通しがよいため、基本的にほとんどエアコンをつけずに済む。それでもその日は、ベランダから入って吹き抜ける風自体が生暖かく、「そうだな」とエアコンの電源オンに同意した。ところがウンともスンとも云わない。なんとリモコンの電池が切れていたのだ(もしかすると半年以上切れていたかもしれない)。たまたま電池のストックがなく、とはいえすぐに買いに行くにはあまりに暑すぎたので、結局夕方になって近所のスーパーで買った。

で、そのエアコンが活躍しているかというと、結局自宅では大半、相変わらずリビング&ダイニングルームはエアコン無しで済ませている。でも時々娘の部屋に涼みに邪魔しに行っているのは、今年の暑さが半端じゃない証拠である。

もう一つは、どの家とも共通すると思うが、かなりテレビが着きっ放しになっていることである。人の話を聞く限り、ある時間帯はずっとTVを着けっ放しにしている家が多そうであるが、我が家では普段、そういうことは滅多にない。そもそもTVをそのまま視聴することが実に少ない。大半はビデオに録画したのを観る「タイムシフト」視聴なのである。このメリットは、CMや主題歌などを飛ばすことができて時間の節約になること、時折ある「今、何て言ったんだ?」といった疑問が生じた際に巻き戻せることである(特に我が家はミステリーものが好きなので、これは重要)。その我が家でこれほどTV放送がダラダラと着きっ放しになっていること、これはオリンピック期間ならではだ。

最後の一つは、夜更かしである。やはり極東の地から、欧州で行われている競技を逸早く観たい知りたいという慾望を満たすには無理が積み重なる。きっと全国で同じような家庭が一杯あると思うが、我が家も真夜中1時とか2時過ぎまで「○○の決勝はまだか」とか言いながら、決定的な生中継を観たくてネムい眼をこすりながら待っている日々がしばらく続くのだろう。

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