世界有数のピレウス港を手に入れようとしている中国の深謀

5月10日に放送されたNHK「ドキュメンタリーWAVE」は「追いつめられるピレウス港の労働者たち~中国企業の進出は何をもたらすのか~」でした。欧州危機を利用してその爪跡を伸ばす中国の動きに今さらながら要警戒です。番組はピレウス港の民営化をめぐる港湾当局と労組の対立を追い、財政悪化の後遺症に揺れるギリシャの今を見つめていました。

番組の冒頭は5月1日、今年のメーデーです。ギリシャの港町にいつもと違った労働者たちの声が響いていました。国有企業の民営化に反対する声です。世界第5位の規模をもつギリシャ最大の港・ピレウス。“ギリシャ人の宝”と言われるこの港が今、中国マネーに買われようとしているのです。その買収に名乗りを上げているのは中国の公有企業・コスコ(中国遠洋運輸集団)。コスコは5年前からギリシャに進出し始めました。

経済危機が続くギリシャは、EUからの支援を受け続けるかどうかで大きく揺れています。緊縮財政で国民の生活は厳しさを増しています。選挙で選ばれたばかりのチプラス政権は国民の生活を優先して緊縮財政を見直すと約束しました。ドイツを中心としたEU諸国は支援継続の為には具体的な財政改革のプランが必要だと強く主張。両者の対立は抜き差しならない状況です。

決断を迫られているひとつが国有のピレウス港の民営化で、ギリシャ危機の行方を占うとも言われています。財政破綻に苦しむギリシャがEUからの支援の条件として、この港の民営化を突きつけられているのです。

財政破綻寸前のギリシャでは、道路・港湾・鉄道・空港など、国有のインフラ事業の売却計画が進んでいます。中国最大手の海運会社・コスコは43億ユーロを出資し、既に3つのうち2つの埠頭のリース契約を結びました。更に今、ギリシャ政府が持つ港湾局の株式獲得に乗り出し、3つの埠頭全てを完全に手中に入れようとしているのです。

この動きに対してギリシャ国内では激しい議論が起きています。当初、民営化に反対していた左派政権も、EUが財政支援の条件としてインフラの民営化を求めた為、受け入れざるを得ない情勢です。

この動きに、港で働く労働者たちは激しい反対の声をあげています。港の組合の責任者はコスコ傘下の地元企業で働いていた労働者にコンタクトし、その労務実態を探っていましたが、賃金は出来高制のようで、仕事がない日時には支払われないため、総額は非常に抑制されていることが浮かび上がってきました。中国企業の傘下でギリシャ人が働く。確かにこれは不幸な組み合わせです。

コスコ総裁・魏家福は当然ながら、中国企業としての純粋な投資であり、これによってギリシャの経済が潤うことを声高に主張していました。しかし彼らは純粋な民間企業ではなく、中国政府の長期戦略「海洋進出・覇権」の下で動いています。

米国やその同盟国(日本を含みます)との紛争になった場合、最悪はホルムズ海峡を封鎖されますが、中央アジアからカスピ海~ギリシャに抜けるルートを確保することは地政学的戦略上、致命的に重要です。したがって相当な好条件をギリシャ政府に提示して、この港を押さえることを目指しているはずです。

EUは中国との経済的結びつきを重視はしていますが、その覇権主義的な意図を警戒し、ギリシャ政府に慎重に行動するように言っているはずです。そのバックには当然、中国の戦略意図を警戒していらだっている米国がいるはずです。

こうした状況を考慮して、ギリシャ政府はEUからの譲歩を引き出すための切り札の一つとして、EU/USAが嫌がる中国への港売却か、ギリシャ政府の要求を呑むことで譲歩するか、といった踏み絵を迫っているのだと思います。

このニュースおよびドキュメンタリー自体は経済危機に揺らぐギリシャの誇り高き男たちの職場が失われかねないとの危機的状況を描いていますが、その背景には国際政治の冷徹な状況が投影されているのです。
スポンサーサイト

テーマ : 社長ブログ
ジャンル : ビジネス

“大阪都構想”住民投票を決着させたもの

選挙中は「ふるさとを奪うな」とかのネガティブキャンペーンが横行し、選挙直後は「老害が若者の未来を阻止」などといった感情的な書き込みがネットを行き交った。しかし冷静になって住民の肚を探れば、もっとずっと実際的な理由が浮かび上がる。


“大阪都構想”に関する住民投票が5月17日に行われました。人口270万人の政令指定都市・大阪市を廃止して、東京23区をモデルにした特別区を設けるかどうかということでした。財源と権限を大阪府に集中することで、地域の活性化を図ろうというのが狙いです。

我が国初の試みの問い掛けに、大阪市住民が判断を下しました。結果は賛成69万票、反対70万票。僅か10,741票差で大阪都構想は否決されました。大阪市長兼「維新の会」最高顧問の橋本氏はこの結果の責任をとって政治家を引退するそうです。多分、「ここまで言っても分からんのなら、もう知らん」といった感じなのでしょうが、なかなか実際にできることではなく、やはり潔い行動です。

報道で取沙汰されている政界未来予想図は脇に置いといて、この投票結果に関しては、住民の意思を読み解くべく、色々と分析・検証すべきです。しかし正確に分かっているのは、全体で66.83%と投票率(つまり住民の関心)はかなり高かったことくらいで、その年代別・男女別ブレイクダウンは不明のままです。
http://hbol.jp/wp-content/uploads/2015/05/a2a22cc5c4d234299430afc92d727042.jpg

それとは別に、出口調査や事前の投票意向調査のグラフが幾つか出回っています。例えば
http://hbol.jp/40671/%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%83%88-2015-05-19-2-29-50
もしくは
http://twitter.com/setsu_may/status/599933292645847040/photo/1

これらのグラフが示すのは、30代を中心とする若い世代は大阪都構想に肯定的で、70代以上は反対派が圧倒的に多いということです。このグラフが正しいとすると、若い生産人口層は相対的に賛成が多かったけれど、高齢者の圧倒的反対により僅差で“大阪都構想”は否決されたということになります。

もし本当にそうなら、これは由々しき事態です。事実、そうした主張をする識者は少なくないようで、「大阪の行く末を託す住民投票だったのに、若者の意見より高齢者の意見が優先された」とか、「あとしばらくでこの世を去るような人達に地域の未来を決めさせるべきなのか」という意見がかなりあるそうです。大学生のわが娘も「同世代の意見」として似たようなことを述べていましたが、これは社会的少数派として若干被害者意識に陥りつつある若者世代のホンネに近い嘆きでしょう。

識者によっては、生活保護の受給率の高さと投票結果を結び付けようとする動きがあり、報道各社の事前の世論調査で女性の反対が多かったとのことから「橋本氏の慰安婦問題に関する発言が尾を引いている」との指摘もありました。しかし小生はいずれも無理のある議論だと考えます。

こうした議論の厄介な点は、議論の前堤になっているグラフおよび調査に関し、各年代の母数が分からないことを含め、本当に正しいデータに基づいているかという信頼性に疑問が残ることです。このグラフ通りなら、70代以上の総投票数割合が全体の3~4割を占めない限り“大阪都構想”は賛成多数になったはずなので、小生はこれらの世代別分布グラフの元となる調査結果の信ぴょう性自体に疑問を持っています。

そして同時に首をかしげています。一つには、今回の社会的ディベートは非常に非対称的だったためです。

“大阪都構想”賛成派は、今後の大阪地域の再生のための一つのビジョンとして具体的な改革構想を提示しているのに対し、反対派はNoとしか言わず、大阪再生の代替案を示していません。「“大阪都構想”には反対だけど、もっといい手がある。それは…」というように対案を示すことができて、はじめて政治論争の場に登場する資格があるはずです。それなしでただ単に反対するだけでは「大阪は今のままでいいんだ」と言っているようなものです。

本当に今のままでいいのでしょうか。バブル崩壊以降の大阪経済の地盤沈下と不振振りを見聞きする限り、決してそうは思えません。

個人的には、維新の会が掲げる新保守主義的な政策には全く賛成しかねるもの(特にカジノ法案)も含まれますが、少なくとも大阪都構想に関しては「大阪を何とかよくしたい」という思いが伝わってきます。それに対し、反対派の地元政治家たちは「ふるさとがなくなってしまう」などといった情緒的なネガティブキャンペーンに血道を上げ、極めて非建設的な振る舞いに終始していました。維新の会をこれ以上調子づかせては敵わないという極めて政局的発想に基づいてか、自民党と共産党が反対集会で共闘するという異常事態まで生まれていました。

反対派の逆襲を盛り上げたのは、自分たちの肩書が府議会議員から区議会議員に格下げになってしまう(また、下手をすると落選するかも知れない)議員および政党関係者だけではありません。クビになるかも知れない大阪市役所職員や、組合関係者といった人達は直接の利害関係者であり、当然ながら躍起になって反対運動を展開していたようです。でもそれらの事情は大多数の大阪市民にとっては関係ありません。では「反対」に票を投じた市民はどんな理由に基づいたのでしょう。利害関係者がチラシやHPで訴える反対の論拠はどうも根拠薄弱なのですが、そのどこが市民の多数派を肯かせたのでしょう。この疑問が小生の首を傾げさせるのです。

「今の仕組みの下でも、府と市が連携すれば2重行政は解消できる」というのが反対派の挙げる第一の理由ですが、それがずっとできないままで来たから大阪は無駄づかいが多く、ここまで地盤沈下したのです。これは国鉄や電電公社が民営化を迫られた際に社内の多数派だった反対派が「国営のままでもよいサービスを提供することはできる」と強弁していたのとそっくりです。全く説得力はありません。

また、2つ目の理由としては「特別区設置に伴う庁舎建設・システム改修などの初期コストが600億円以上掛かる」ということですが、毎年の経費削減が大きくて数年で元が取れるなら問題ありません。賛成派は毎年4,000億円の経費削減になるので初年度で軽く元が取れるといい、反対派は1億円しか経費削減にならないと主張していました。このギャップを埋めるべく、客観的・定量的な分析・検証が本当は必要だったはずです。真実は多分、両者の極端な主張の中間にあると思われます。

反対派の主な理由の第三点は「特別区になると住民サービスが低下する」ということですが、要は大阪市から特別区になると権限も財源も低下するので、自動的に住民サービスが低下するということらしいです。
http://blogos.com/article/111381/

この主張は一見、何となく頷けるところがあるのですが、「区だから権限・財源が小さくてサービス低下する」というのは論理的ではありません。区の対象となる地域範囲が狭くなり、住民数も少なくなるのですから、住民1人当たりの予算は本来大して変わらないはずです。住民に近い行政単位である特別区が住民サービスをするようになることで、むしろ「きめ細やかなサービス提供が可能になる」という賛成派の主張のほうが筋が通っているように思えます。

ちょっと視点を変えてみましょう。東京府が昭和18年に特別区を抱える東京都になったことで区民に対する住民サービスは明らかに低下したのでしょうか。今、東京都では区による住民サービスは都下にある主な市に比べ低レベルにあるのでしょうか。いずれも小生にはそうは思えません。

つまり住民サービスを提供する主体が市であろうが、府の下にある特別区であろうが、大きな意味を持つ訳ではないと考えざるを得ないのです。結局、大阪市および大阪府がどれほど住民サービスに予算を投じようとするか、そしてその財源の当てがあるのか、この2点次第ということではないでしょうか。前者は市長もしくは府知事の個々の政策方針と協調次第ですので、やや賛成派に分があると思えます。

後者、すなわち財源の問題はいかがでしょう。実はこれが最大のイシューではないでしょうか。大阪市がなくなって大阪府が直接財源を握ることで、大阪の中心市街区で発生する税金のかなりの部分が大阪市外に流れてしまうのではないか、という懸念が反対派には大きいのではないかと思えます。つまり「ワシらの稼ぎから生まれた税金を他の地域の奴らに使われてたまるか」ということですね。

実際、東京都の中心街で発生する膨大な税金の多くが東京都下もしくは東京以外にも使われていますから、これは「大阪都」にとっても現実的な問題です。セコい発想ではありますが、大阪人らしく損得勘定でいえば「損やがな」といった判断になりますね。直接の利害関係者を除けば、実は多くの反対派市民にとってはこの財源問題が一番の反対理由だったのではないでしょうか。

賛成派が提示する、二重行政の解消による大阪全体の発展のためという「あるべき行政構造=理想論」×「ちゃんとやったら=可能性」の主張に対し、反対派の利害関係者が耳のそばで囁いた「街の先行きのことは知らんけど、すぐに間違いなく起こるのは、ただでさえ足らん財源がさらに減ることやないか」という「勘定論×確実性」を比較して考えてみたら、後者に軍配を上げたというのが今回の「大阪の陣」の結果だったのではないでしょうか。

これだと世論調査の結果が賛成有利からやや反対派有利に移っていった理由も肚落ちします。当初は大阪の将来を観念的に考えて賛成の気分が強かった大阪市民の一定割合が、色々な情報に接しているうちに段々と、「他人にワシらの税金を使われてしまうのは我慢ならん」という感情的なところに収束してしまったのではないでしょうか。でもそんなレベルで市民の多数派が地域改革の議論に断を下してしまったのだとしたら、大阪の未来はそんなに明るくないのかも知れません。

テーマ : 社長ブログ
ジャンル : ビジネス

ニッポンの伝統工芸を蘇らせる会社を蘇らせたのは外国人

5月21日に放送されたTV東京系「カンブリア宮殿」は「日本らしさ、伝統」について考えさせられました。主役は文化財修復業界最大手の小西美術工藝社社長、デービッド・アトキンソン氏。元証券アナリスト、英国人です。そして小西美術工藝社は300年以上の歴史を持つ老舗の職人集団です。いわば「ニッポンの伝統工芸を蘇らせる会社」のトップが青い目をした外国人なのです。

徳川家康を神として祀る「日光東照宮」は世界遺産・日光の社寺の1つ。今年は、家康の没後400年にあたり、観光客で賑わっています。そして境内では、国宝「陽明門」の修復が半世紀ぶりに行われています。修復を手掛けるのは小西美術工藝社。高さ11.1メートルの陽明門の一番上の層で、職人たちが息をつめて緻密な作業をしています。修復費用は10億円で、作業は4年がかり。

そんな職人の世界で、アトキンソン社長は高い品質を要求し、陽明門の社内検査でも職人の仕事に容赦なくダメを出しています。職人を束ねる技術部門のトップが「社長は技術のことは分からないけど、美しいかどうかをみて、ダメ出しする」と言っていました。つまり本質を突くということなのですね。

一時は経営危機にあった同社が復活した背景には、苦い経験があったのです。アトキンソン氏が社長に就任する前に手掛けた住吉大社の補修後に塗装がすぐには剥げ落ちるという大問題が起きていました。新社長・アトキンソン氏は何度も門前払いをされながらも住吉大社に足を運び謝罪。修復をやり直し、住吉大社の信頼を回復したのです。反発していた職人たちも、その誠実な姿を目の当たりにして、「外国人社長」を見る目が変わったそうです。そしてアトキンソン社長が求める高い水準の仕事をしようと、より良い仕事をするようになったのです。

デービッド・アトキンソン氏は、元々はアメリカのゴールドマン・サックス証券の金融アナリスト。全く畑違いの経歴ですが、裏千家で茶名を持つなど、日本文化への造詣が深い人物でした。次期経営者を探していた小西美術の前社長に「数字が分かって日本文化にも詳しい」ことを買われ、請われて入社しました。しかしいざ入社してみると、聞いていたのとは大違い。全くの経営不在で、解決すべき問題が山積していたのです。

「伝統」という名のもと、職人の世界はどんぶり勘定。例えば若い職人の離職率は8割近く、職人不足が深刻でした。いわばベテランが過去の遺産にあぐらをかいて既得権益を貪っており、顧客と若い人材がなおざりにされていたのです。そこでアトキンソン社長は、300年の伝統を持つ純ニッポンの会社で、様々な改革に乗り出したのです。

それが(1)職人の正社員化と若手の待遇改善(の一方でベテラン社員の給与カット)、(2)どんぶり勘定を止め徹底的に無駄を省く(例えば営業車の私用や流用の禁止)、(3)仕事の進捗状況や原材料仕入れを数値化し効率アップ、といったところです。でもどれも普通の会社では当たり前に行われていることです。言い換えれば、それまで伝統にあぐらをかいてベテラン達が好き放題にやっていたために儲からなくなっていたことを、まともなやり方に変えた、ということなのです。

「経営改革」ってこんな実態が多いものなのです。すごく分かります。

テーマ : 経営コンサルタント
ジャンル : ビジネス

卑しき振る舞いの結果は自分に返ってくる

今取り組んでいるプロジェクトの一つでは、ファシリテータ兼全体とりまとめ役としての小生以外に、別の有名コンサルティングファーム(R社としましょう)が1社、アドバイザー役として参加しています。

このスキームは、以前に別のファームに参加してもらってうまく回ったので、今回もクライアントの責任者と小生が相談して決めたものです。しかしその狙いとは異なり、R社は全くかみ合わないし、付加価値を出してもらえません。

そもそもシニアの人が業界知識と見識を買われて1人呼ばれているだけなのに、その肝心の人はプロジェクト会議にはたまにしか来ません(さすがに直前にクレームされたようで、前回は出席してくれました)で、他の人が3人も出席しますが、そのうち2人は全くといっていいほど発言しません(何しに来ているのでしょう)。

3人のうち1人(ちょっとシニアみたいです)は毎回出席するのですが(どうやら暇なようです)、このプロジェクトの業界に関する知識はほとんどありません(ご本人が宣言していた通りです)。業界に関する知見が欲しいから参加してもらっているはずなのに、「それはないだろう」というのが事務局と小生の第一の不満です。せめて勉強してくれていればいいのですが、発言内容からはその痕跡はありません。

それでも良識ある行動と戦略コンサルタントらしい発言であればいいのです。でも実際には、プロジェクトの進め方にケチをつけるばかりか、流れに竿をさす発言が大半なのです。前々回の会議では「なんでこんなことをやっているのか、前提が分からない」とまで発言し、会議の最後には「与太話ですが」と断って本当に与太話を始め、会議時間が終了してもしゃべり続けました。

お蔭でメンバーにお願いする「宿題」のやり方を説明する時間がなくなり、その結果、提出していただいた「宿題」の出来具合は今一つになってしまいました(もうひと手間かけないといけません)。

さすがにこの彼の振る舞いには事務局の全員が怒り、事務局長からプロジェクト責任者の方に「あれ何とかしてください」とクレームが上がったようです。事務局の中心メンバーの方からは「外資系のファームって、ああいうもんなんですかね」と愚痴半分の疑問をぶつけられましたが、小生だって昔は外資系で幹部をやっていましたが、そんな振る舞いをしようと考えたことはありません。「ご本人の性格次第ですよ」とだけ答えておきました。

多分、彼がやっていたのは、小生の足を引っ張ることでプロジェクトがよれてしまうこと、そして自分が取って替わることを狙った作戦なのでしょう。でもそれがあまりに露骨なので(しかもあまりに付加価値を出せていないので)、却って事務局の人達の反発を食らってしまったという次第です。

事務局のクレームを受けてプロジェクト責任者からも釘を刺されたせいか(そしてその責任者ご自身が出席したせいか)、前回の会議ではさすがに露骨に足を引っ張るような発言はなく、むしろ議論を促進するような発言に切り替わっていました。

でも時すでに遅しの感は強いです。来週からは全体会議はなく、各部門に詳細化を検討してもらうフェーズに入ります。そしてR社にとってこのプロジェクトでの見せ場はもう来ません。最終報告会に彼らを呼ぶかどうか、ちょっと思案中です。

テーマ : 経営コンサルタント
ジャンル : ビジネス

川崎の中学生殺害事件で責められるべきは誰なのか

(今回はあまりビジネスとは関係ありません。でも最も関心の高いイシューなので・・・)

川崎市の中学生殺害事件で未成年が逮捕されたことを受けて、自民党の稲田朋美政調会長が「少年事件が非常に凶悪化しており、犯罪を予防する観点から、少年法が今の在り方でいいのか課題になる」と述べたとの報道が少し前にありました。少年法対象年齢の引き下げや加害少年の実名報道などを念頭に置いた発言だったようです。この論点提示は2つの側面で議論を呼びました。

一つは、「少年事件が非常に凶悪化している」という事実はないという指摘と批判でした。もっともな指摘で、客観的事実はむしろ反対です。日本全体で犯罪は長期傾向として減少しており、なかでも少年犯罪は(少年の数が減少していることもあり)全体的に減少、凶悪犯罪の割合も長い間低いままです。
(参考)http://kogoroy.tripod.com/hanzai.html
http://kangaeru.s59.xrea.com/

むしろ絶対数の増加に加えて元気な老人が増えた社会傾向を反映して、高齢者犯罪の急増・悪質化のほうが目立つというのが事実です。でも不思議なことに、「高齢者犯罪に対する対策」を主張する政治家はいません。

もう一つは、結論としての「少年犯罪の厳罰化」に対する賛否両論です。昨今のニッポンの世論を反映してか、少年法はこの10数年の間に何度か「厳罰化」の方向で改定されています。2000年には刑事罰対象を「16歳以上」から「14歳以上」に引き下げ、2007年には少年院送致の年齢下限を撤廃しました。昨2014年には有期刑の上限を20年にまで引き上げ、不定期刑の限度を長期は10年から15年へ、短期は5年から10年にそれぞれ引き上げました。

「厳罰化」反対論者はこうした厳罰化をしても少年犯罪は減らないと言い、賛成論者はお蔭で減っていると言い、水掛け論のままです(元々少年の凶悪犯罪数は少ないため、2000年以降の数字が減少しているのか、維持されているのか、主観次第で何とでも読めてしまうのでしょう)。

稲田政調会長が掲げた論点に対し、筋が悪いという指摘はごもっともなのですが、そんなことにこの論客が気づかないはずはありません。むしろ、わざと論点ずらしをしているのではないかと小生は疑っています。

大体、大物政治家が特定のグループ(この場合、罪を犯す可能性の高い不良少年・少女たち)をやり玉に挙げて糾弾するとき、そこには往々にして「目くらましのためのスケープゴート」という要素がかなりあります(我々は商売柄、そうした「政治的意図」を読むことが時折あります)。

それは川崎事件の本質は、貧困という事情により家庭と学校側に備わっているはずの「子どもを防御する」役割が機能しなかったことであり、それは本来政府が果たすべき役割を果たしていなかったことが原因だと非難されたくなかったということです。ここで本来政府が果たすべきと小生が考えるのは、国の宝である子供たちを守るためにシングルマザー/ファーザーの貧困対策に着手することです。

「川崎事件」の背景と経緯を簡単に確認します。母親が離婚し川崎に移住、母親と上村遼太君(13)を含む兄妹の合計6人でアパート住まいでした。中学校に上がった当初は学校にきちんと通っていた上村君ですが、やがて学校をサボり始めます。そして地域の不良少年グループに誘われて仲間に入り、学校からは足が遠のき、その分だけ不良少年グループと過ごす時間が長くなっていったそうです。

最初のうち上村君はグループのリーダー格である18歳の少年Aを慕っていたそうですが、やがて万引きなどを強要されるようになり、それが嫌でグループから距離を取ろうとしたそうです。しかし自宅アパート前から大声で呼び出されたり、少年Aから暴力を受けたりして、嫌々ながら従っていたようです。その心情を学校の友人にこぼしたところ、友人たちが少年Aを詰問し、それに怒った少年Aが上村君を呼び出し、その際に悲劇が起きたというのが事の経緯のようです。

もちろん、これは憶測や伝聞が入り混じっているマスコミ記事のストーリーですので、事実と違っている部分もあろうかとは思います。本当のところはまだ分かっていません。

ただ、関係者の証言で分かっていることは、次の数点です。上村君はグループから抜けたがっていたこと。しかし諸処の事情でそれを果たせないままに終わったこと。不登校の理由を探ろうと学校の担任の先生は母親宛に連日電話をしたが、ほとんど空振りに終わったこと。そのため、家庭の事情を学校では把握することができないままだったこと。そして上村君の母親は、介護パートとスナック勤めを掛け持ちして朝早くから夜遅くまで働いていたことです。忙しい合間を縫って祖父(父親?)の介護もしていたとの情報すらあります。

一時は学校側を責めようとした人たちは、担任ができることを懸命にやっていた事情を知ると、今度は矛先を変えて、「母親が無責任だ」と無理解で無責任かつ無慈悲な批判を書きなぐった某作家に同意していました。しかし生活費を稼ぐことに手一杯で、朝早くから夜遅くまで働いていた母親に何ができたでしょう。そんな母親の苦労振りを知っていた息子は、母親に心配をかけまいと、個人的トラブルを母親にも学校にもほとんど相談しなかった模様です。

クラスメートに人気があったという上村君が学校に行かなくなった理由の一つには、(たとえストレートないじめがなかったとしても)そうした家庭の経済事情から来る居心地の悪さがあったのかも知れません。例えば文房具などの持ち物を十分揃えられない、クラスメートが話す「○○へ遊びに行った」などという自慢話が嫌だ、給食費などを払うことが母親にとって大変だと子供心に感じた等々、色々と考えられます。

そうした事情を考えると、上村君がグループから抜けたがっていながら果たせなかったのも、肩を寄せての一家の暮らしを脅かされかねない事情があったのかも知れません。アパートに押し掛けて大声で呼び出すというのは、弱みに付け込む卑劣な手口といえます。そして「自分さえ我慢すれば」と考えるのは、いじめや暴力に遭っているこの年頃の子供にはよくある思考パターンです。

当然ながら、一番悪いのは上村君を殺害した犯人です。まだ断定すべきではありませんが、その可能性が一番高いのは少年Aおよび当夜一緒にいた少年たちです。他の2人の少年の証言が正しいのなら、少年Aは上村君を自分の支配下に置くために暴力を使い、最後にはリンチがエスカレートして殺してしまったことになります。もしそうなら彼は厳しい裁きを受けるべきです。

しかし、では彼ら不良少年たちだけが悪いのでしょうか。そんな単純な話ではないと思えるのです。上村君が殺害されてから3ケ月近く経ちますが、事件現場には今も献花が絶えません。そこで上村君の冥福を祈る人達が何人もいます。彼らは上村君の親戚でも学校関係者でもなく、生前の上村君を直接知っていたわけでもありません。単に付近の住民だということです。

でも彼らが共通して言っていたのは「不憫で仕方ない。何かしてあげられなかったのかと悔しい」という言葉です。つまり、上村君を救ってあげるようにコミュニティが機能しなかったことに、やり場のない思いを抱いているのです。住民たちのこの優しい気持ちが持続すれば、きっとこの一帯には将来、素晴らしいコミュニティが成立していることでしょう。

でも冷静になって考えてみると、コミュニティにだけ期待するのもおかしいと思えます。そもそも母親が朝から晩まで働いていながら貧困から逃れられない先進国・ニッポンって一体何でしょう。

それこそ、人間らしい暮らしを営む最低限の人権が保証されていないということですから、政府が責任を果たしていないということではないでしょうか。本来すべきは、シングルマザーなど、不当な条件で働く人たちの労働環境を改善するように持っていくことのはずです。それによって経済的に厳しい状況にある親でも子どもを守ることが可能になるのです。今の政府はそうした政策に着手しないどころか、生活保護を削減する方向に社会保障政策の舵を切ったくらい、弱者に厳しいのです。そしてそれを許しているのは私たちなのです。

改めて指摘したいと思います。稲田氏ら与党のセンセイ方がぶち上げた「若者犯罪の厳罰化」は事の本質ではありません。もしスケープゴートを血祭りにあげることで政治の無責任から市民の目をくらまそうという意図であるなら、無駄です。多くの市民はその欺瞞にすぐ気づくことでしょう。

市民の側も、政治家が「悪いのは奴らだ」と糾弾のトーンを上げるときは気をつけたほうがいいのです。矛先を変えたがっているということは、本来の責任を果たしていないことを自覚しながらも、正しい方向に進むつもりもないことを意味するのですから。

テーマ : 社長ブログ
ジャンル : ビジネス

アジアハイウェイの旅は心豊かな旅

4月11日(土)と5月9日(土)に放送された「ザ・プレミアム 井浦新アジアハイウェイを行く」はとてもよかったです。本当にアジアハイウェイに沿って旅する気分にさせてくれます。

4月11日第1集は「変貌する文明の十字路」と題し、トルコ、ジョージア(旧グルジア)、アゼルバイジャンを回ってくれました。

まずはトルコの首都・イスタンブール。何度もTV映像で観ている憧れの街です(カミさんと「いつか行こうね」と言っております)。活気のあるバザールの様子が映し出され、土産物屋の男性が日本語で話し掛けてきます。英語・仏語・スペイン語も達者とはなかなか努力家で、商売繁盛のようです。

次いでは、街で大人気のレストラン。ここのオーナーはやり手で、何と7軒も持っているそうです。その自宅からはボスポラス海峡が一望できます。実に素晴らしい。

旧ソ連から独立したジョージアはキリスト教の信仰心の厚い土地です。井浦さんが訪れたのは小さな村ですが、自家製ワインを振舞ってくれていました。世界で最初にワインを作った土地がジョージアだそうです。なるほどワインはキリストの血ですものね。

首都・トビリシでは民族舞踊団の踊りと歌声を聴かせてくれました。旧ソ連ではキリスト教およびワインと同様に禁止されていたそうです。何から何まで民族の誇りを封じられていたのです。その暗黒時代に比べれば今は極楽でしょうね。

しかし南オセチア自治州ではロシアと国境紛争の真っ最中で、難民キャンプを映していました。難民の子供たちは屈託のない笑顔で井浦さんと接していましたが、わずか15キロしか離れていない故郷を目の前に、彼らの心情は複雑だと感じました。

この日最後のアゼルバイジャンの首都・バクーでは、実に綺麗な街並みが夜のネオンに照らされる光景で始まりました。いかにも資源大国・アゼルバイジャンに相応しいと思いながらも、翌日に繁華街ニザミ通りを歩く井浦さんが言った「疲れるんですよね、ここ」というのは実感がこもっていました。

その通りからちょっと入ったところにある退去を余儀なくされている住居の住民の声は複雑でした。政府と住民の間で、家族の間で、それぞれ土地売却で揉めているそうで、何かしらバブルの嵐が吹き荒れた1980年代後半のニッポンを思い出させます。

5月9日第2集は 「知られざるイスラム大国」~イラン~でした。

最初は港町、バンダレ・アンザリーでした。港町での市場の雰囲気は意外とどの国も似ているものでしたが、売られている魚は決して美味しそうには見えませんでした。でもカスピ海で獲られたばかりの新鮮な魚だと主張していました。

そこで出遭った男性は日本語が達者で、実は日本に出稼ぎに来ていたこともある人でした。そう、バブルの頃の前後に日本に多かった、出稼ぎイラニアンの一人だったのですね。

「テロ支援国家」、「核兵器開発疑惑」「米国による経済制裁」といったニュースが伝えられるイランに対し不安を抱きながらの旅だったようです。

しかし首都・テヘランで目に飛び込んできたのは、巨大なショッピングセンターに溢れる世界中の商品や華やかなファッションで颯爽と歩く若い女性たち。井浦さんたちがそれまで抱えていた、ネガティブなイメージは覆されたようです。

そのあとに訪れた共同墓地での、様々な家族が先祖にお参りしている光景は実に感慨深いものでした。やはりどの国でも同じなのですね、先祖を敬う気持ちは。

その次は古都・イスファンにある「イマーム広場」。様々な人が集い、思い思いに過ごす、実に平和な光景。国際的に孤立してもなお、信念を貫くイランの人々の芯の強さを垣間見ます。長い歴史と伝統に裏打ちされたペルシャ人の誇りなのかもしれません。

そして最後に訪れたのが、イランの人々にとって最も大切な巡礼地のマシャドです。目撃したのは、アルメニア人のための教会と、イスラム教の施設「ガダム・ガー」でした。前者ではキリスト教の、後者ではシーア派の、それぞれの人々の深い信仰心です。

米国人が想像するイラン人は狂気の権化ですが、ここに登場するのは日本人に見せてくれる、温かく寛容な本来のイラン人の素顔です。遥か遠くの異国ですが、石油施設の建設などに長い間出掛けて帰国した日本人が皆懐かしむ、心豊かなペルシャの民です。

テーマ : 社長ブログ
ジャンル : ビジネス

IT立国エストニアが編み出す、サイバー攻撃対策の数々

5月3日(日)に放送されたドキュメンタリーWAVE(NHK)は「“サイバー戦争”に立ち向かう ~世界が注目するエストニア~」。まさに「世界の今を見つめる」という番組のコンセプトらしい内容でした。

4月8日、世界200以上の国と地域にフランス語の番組を放送しているTV5モンドがサイバー攻撃による放送を中断させられました。TV5モンド・イーブビゴ社長は「部下からの一報でイスラム過激派のロゴがスマートフォンに送られてきた」と当時の様子をコメントしていました。局内のネットワークは厳重に保護されているはずでしたが、何者かがネットワークに侵入しているとしか考えられず、被害を食い止めるには物理的に切断するしかなかったのです。

同時にハッキングされたウェブサイトの犯行メッセージから、イスラム過激派組織ISに関係する組織の犯行とみられています(フランスはISが敵国視している国の一つです)。この事態は、世界がサイバー空間での激しい戦いの時代に突入していることを改めて浮き彫りにしたのです。

ではまず、フランスでおきたサイバー攻撃はいかなるものだったのでしょうか。社内の大半のシステムが被害に遭った為、現在もインターネットのアクセスはできないそうです。国立情報システムセキュリティー庁(ANSSI)は事件勃発直後から調査しています。

サイバー攻撃のひとつが、大量にアクセスを仕掛けてサーバーをダウンさせる分散型攻撃です。これに対し、対策も進んでいます。まず、通信量の変化を見ることで兆候をつかむと同時に、どの国からアクセスしているのかもリアルタイムで表示されます。ただしそれらを食い止める決定的な方法は確立していないのが現実です。

サイバー戦争にどう立ち向かうのか、その最前線にあるのが、バルト海に面した小国エストニアです。IT立国としても有名ですが、(元の宗主国・ロシアとの紛争ぼっ発直前までいった)2007年に何者かが同国の銀行のネットワークを攻撃し、システムをダウンさせたことをきっかけに、サイバー戦争に世界でもいち早く直面したのです。

その経験を活かすべく、NATOがサイバー防衛研究拠点を首都タリンに設置。それ以来、サイバー攻撃に関する防御システム研究の最前線となっているのです。エストニアの“サイバー防衛企業”には各国の政府や軍、企業の危機管理担当者が日参し、サイバー戦争への対応策を急いでいます。

番組では、コロンビア軍の兵士がエストニアの“サイバー防衛企業”にて研修を受ける様子が描かれていました。サイバー戦争の演習として、サーバーへの攻撃・ファイアーウォール内への侵入を食い止めるため、2時間の攻防の中であの手この手を駆使するのです。

エストニアの国立・タリン工科大学にはサイバー・セキュリティー専門の学科があるそうです。その講義の様子も放送されていましたが、ログを見ただけである程度判断できるようになるそうで、実に実務的です。

さらにそのログ解析のための画期的ツール(KSI Appliance社製guardtime)も同国で開発されており、サイバー攻撃対策に期待されています。Industrial Block-Chainという技術を使っているそうで、すべてのデータファイルにタグを付けて、その動きを管理しトレースできるようにする仕組みです。データ量は少し増えますが、確かに有効そうです。実に面白い。

テーマ : 経営コンサルタント
ジャンル : ビジネス

Rising Starトルコから目が離せない

5月4日放送の「未来世紀ジパング」は“池上彰SP 「親日国」トルコのもう一つの顔”でした。「もう一つ」どころか幾つもあって、それはそれで楽しめました。

最初の話題はとてもいい話。今年2月、和歌山県串本町の沖合、水深12メートルの海底に眠っている軍艦「エルトゥールル号」の遺産の海底調査が行われました。同船は1890年に串本町沖で沈没し、587名が犠牲になったのですが、町民たちの懸命な救助活動で69人の命が救われたという史実で、親日トルコの原点となったものです。トルコの教科書にも書かれた、この感動のストーリーが125年の時を経て両国共同制作の映画になるというのです。既に撮影はクランクアップされたそうで、公開が楽しみです。

2つ目は現地レポートです。イスタンブールを車で走ると、物売りのシリア難民の子どもたちが目につくといいます。現在トルコには170万人を超える内乱の隣国・シリアからの難民が流入しているのです。イスタンブールはシリアとの国境からは非常に離れていますが、商都ゆえにこうした光景が定着しているわけです(ちなみにイスタンブールの日本人旅行者は、後藤さんがIS国に殺害されてから激減しているそうで、現地の商売人は学ぶ言語を日本語から中国語に切り替え始めているそうです)。

ではその最前線、トルコとシリアの国境はどうなっているのでしょうか。この1月末からは日本人の退避勧告が出されているそうです。トルコ国営放送の日本特派員(この人、何度もTV画面で登場しています)が向かってくれました。国境の町には、戦火から逃れてきたシリア人の難民キャンプが溢れていました。想像通り、生活環境としては最低限のものです。

なぜか町中に日本とトルコの国旗が飾られた建物があります。トルコ側の要請で日本が支援し建てられた、318人の生徒が学ぶ「さくら小学校」です。難民の子供たちを「テロリストにさせない」ため、日本が教材から文房具まで支援している、教育プロジェクトの現場です。日本らしい素晴らしい取り組みで、これは少しほっとさせてくれる場面でした。

これとは対照的に、気がかりな動きも報じられました。

トルコは建国以来、他のイスラム教の国々とは一線を画す世俗政策を基本とする方針で自由と民主主義を謳歌し、成長してきました。しかしその親欧米路線にもかかわらずEU加盟は認められず(もっと政治・経済的に劣る国々はキリスト教国ゆえに認められてきました)、最近はEU加盟の旗は実質的には下しています。欧州を見るトルコ国民の目は少々醒め気味でした。

そこに登場したのがエルドアン大統領(前首相)です。彼はトルコの順調な経済成長を指導してきており、その手腕には高いものがあります。しかし一方でガチガチのイスラム保守主義者です。長年の「世俗主義」に異を唱え、同国の政策を修正してきました。いわゆる「イスラム化」政策です。

公共の場でのスカーフ着用などを許すようにしたり、モスク建設を推し進めたりしている辺りまでは特に問題とも思えませんが、夜10時以降のアルコール販売を禁止したり、大統領府を大拡張したり。最近ではツイッター規制に積極的で、さらに政府を批判するメディア関係者などを次々に逮捕させるなど、政権による言論統制も危惧されています。

ここまでくると明らかにやり過ぎです。非常に危険な兆候ですね。インドのモディ首相、タイのプラユット首相と並んで、親日国の最近のトップは少々非民主的独裁性が強い傾向があって、日本としても戸惑いを隠せませんね。

最後に紹介されたのが、日本と共同で取り組んでいるイズミット湾横断橋という大プロジェクト。世界有数の免震技術を持つ日本の橋建築技術が生かされています。そのプロジェクト参加者が語った言葉、「日本とトルコの協力関係、これだけは未来永劫変わらない」。これは本当によいニュースです。

テーマ : 社長ブログ
ジャンル : ビジネス

最新記事
月別アーカイブ
プロフィール

austintex

Author:austintex
FC2ブログへようこそ!

カテゴリ
最新トラックバック
リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR