「検証 田中角栄『政治の遺産』」は期待外れ

10月15日から2夜にわたってBS11で「検証 田中角栄『政治の遺産』」が放送された。ロッキード裁判の1審判決から30年経った記念番組だというので期待して観たのだが、結論からいえば期待外れだった。肝心のロッキード事件とその裁判がまともな内容だったかを全く検証していないものだったからだ。

スタジオにはBS11解説委員の二木啓孝氏、毎日新聞の児玉平生氏、ゲストに元朝日新聞の総理番記者、早野透氏が集まり、当時の田中角栄周辺の人や検察関係者などの色々なコメントを聞きながら解説をしていた。ベースとなっていたのが、早野氏の著作「田中角栄 ~戦後日本の悲しき自画像~」であるため、どちらかというと日本政治史における田中角栄という政治家の位置づけおよび首相逮捕という衝撃的事件の影響などを中心に語っていた。

しかし結局、自分たちマスコミが検察などのシナリオに踊らされてしまったといった反省は全くなく、「首相の犯罪」を一方的に裁いた判決が正当だったことを前提に、「なぜ田中角栄ほどの大物が現役首相時代にそんな馬鹿げた収賄罪を犯したのか」とか「なぜ早々に罪を認めて引退しなかったのか」など、ピント外れの議論が多かった。

ロッキード事件の裁判で立証されたといわれる大半が状況証拠と伝聞であり、確たる物証はほとんどない。それどころか、「ありえないだろう」と思える点が幾つもある。一番極端なのは、1回目の金銭授受の場面である。いつ人に覘かれるか分からない公道上(イギリス大使館裏)に停めた車の中で、丸紅の伊藤専務が田中角栄の榎本秘書へ直接渡したとされる。収賄のカネをこんな形で授受するような犯罪があり得るだろうか。馬鹿げている。カネはロッカーにでも預け、どちらかの事務所でキーを渡せばよいではないか。3回目もわざわざ知人に会う可能性の高いホテルホークラで行われたことになっていた。

他にも不合理な説明が幾つもあるのだが(もう大半は忘れてしまったが)、こうした疑問を世の中に問うのが本来はマスコミの仕事ではないだろうか(田原総一郎氏が幾つかやっているが)。

いくら当時は世論が一方的に田中を断罪していたとはいえ、そんな風になびいてしまってはジャーナリストの名折れだろう。なんといっても一国の首相、しかも歴代の中でも抜群の判断力と統率力を持つ実力政治家の再起の芽をついえさせてしまった(他にも佐藤孝行氏や橋本登美三郎氏という2名の政治家が道連れとなった)ほどのインパクトの大きい事件だったのだから。しかもそれは検察・特捜部という「もう一つの権力」が、自己存在を世間にアピールするために数々の証拠と証言をでっちあげた可能性が高いものだったのだから。

最近の厚生省の村木氏逮捕と証拠ねつ造のプロセスでは特捜部のミスや内部リークなどがあり、その「でっちあげ体質」が非難の的となったが、それ以前にも鈴木宗男氏、KSD疑惑での村上正邦元労相、リクルート事件(藤波官房長官などが犠牲になった)など幾つも特捜部による冤罪事件はある周期で発生している(特捜部の危機意識が高まると組織防衛のために強引になるのだろう)。それらはこのロッキード事件当時の体制(吉永‐堀田ライン)と成功体験が源流となっているのではないだろうか
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