TPPにおいてISDS条項は制御できるのか

世上取沙汰されている交渉事項に隠れているが、TPPの本当の問題点はISDS条項である。妥結を焦るあまり、うっかり受け入れてしまうと、国の政策が振り回されてしまいかねない危険をはらんでいる。先進国を含む多国間協定にこの条項は相応しくなく、もし訴訟乱発を防ぐ歯止め策をきちんと構築できないのなら、むしろ排除すべきである。


安全保障関連法案の取扱いで支持率を急低下させた安倍政権が今、政権再浮上の鍵を握ると注力しているのがTPP(環太平洋経済連携協定)交渉の妥結である。

この交渉においては日米2大国間の交渉が注視され、米国産のコメの日本への輸入拡大や日本製自動車部品の関税撤廃が懸案とされてきたが、7月24日に始まった主席交渉官会合では事務レベルの調整にまで進んでいる模様だ。残ったイシューの中では、医薬品などの知的財産の保護期間が主な対立軸とされている。

しかしこれらの報道に隠れながら、日本を含む参加各国により深刻な衝撃を与えかねない、全く別の論点がある。それがISDS(Investor-state dispute settlement=国家と投資家間の紛争解決)条項である。

これは海外企業を保護するために内国民待遇が適用されるもので、これにより当該企業・投資家が損失・不利益を被った場合、国内法を無視して世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに提訴することが可能となるというものである。

この条項の危険性に関しては一部の専門家がずっと指摘しており、ネット上では散見されるトピックだが、一般にはあまり注目されてこなかった。

ここで注意を要するのは、ISDS条項というものは先進国と途上国が投資協定を結ぶ際に含まれることが多く、それ自体に問題があるどころか、むしろそれがないと先進国の投資家は安心して途上国に投資できないという必須条項だ。日本も過去に数多く途上国との間で締結してきており、特段何の問題もなかった(だから何の心配もないという向きもあるが、それは締結相手の違いを無視する暴論といえる)。

しかしながら、これが多くの先進国を含む多国間協定であるTPPで適用されると、元々固有の社会・経済制度が確立しているために別の問題を引き起こす。特に国際的辣腕弁護士チームが数多く存在する訴訟大国・米国が絡むと、一挙にややこしくなるのである。

何が問題なのか。端的に言うと、社会的要請に基づく国の規制に足かせをはめられる形となってしまうことである。新規の規制導入だけでなく、既存の規制や制度そのものが米国の特定大企業にとって不都合である場合には訴訟が相次ぎ、やがて機能不全となる可能性すらある。

例えば、米国の大メーカーが日本で生産する製品に含まれる成分や機能特性が、消費者に健康被害や物理的危険をもたらす可能性が高いことがTPP成立後に分かったとしても、米企業からの訴訟を恐れて日本の監督官庁は規制に踏み切れないかも知れないという話である。薬でも食品でも、建材でも雑貨でも家電でも、皆同じである。

この条項の導入に最も強硬に反対してきたのは豪州である。その懸念には裏付けもある。1993年締結の豪州・香港投資協定のISDS条項に基づいて、フィリップ・モリスの香港法人が豪政府に補償の支払いを求める国際調停手続きを起こしているのである。喫煙抑制を目的に2011年に成立した「プレーン・パッケージ」法(たばこ箱からロゴ表示などの宣伝色を一掃)など、一連の豪政府の規制措置が同社の利益を不当に侵害しているとの主張である。

また、この条項は拡大解釈を許しやすく、訴訟を起こす側の戦略が巧妙だと、制度そのものを変質させる事態すら想定できる。

例えば遺伝子組み換え食品のように日本が明確に禁止しているものですら、グレーゾーンにあるものを規制対象としようとすると、損害を受けたとして米国企業から訴訟を起こされる可能性があり、やがては実質的に規制できなくなるかも知れない。

事実、2012年に発効した米韓FTAはISDS条項を含んでおり、その結果、米国企業からの訴訟を恐れて遺伝子組み換え(GMO)穀物を排除できなくなった韓国の学校給食市場には、米国産GMO食品による学校給食が始まろうとしているそうである。

ではそんな一見理不尽とも思える訴訟がなされた場合にどう処理されているのか、国際投資紛争解決センターに提訴された訴訟案件の実態を見てみよう。

1994年にアメリカ、カナダ、メキシコの三国間で締結された北米自由貿易協定はISDS条項を含んでおり、その後米国企業がカナダとメキシコの両政府を訴えたケースは36件もあり、請求棄却はわずか6件に過ぎない(ちなみに米国政府が訴えられたのはわずか15件で、敗訴はゼロだそうだ)。決着したケースのうち米企業が賠償金を得たのは6件、アメリカ企業の敗訴はないとされる。

和解の場合も米企業が事実上勝訴する内容が多いと言われている。なお、仲裁廷の実態に関しては必ずしも一方的な内容とは限らないことを示すスタディもある。http://www.hamamoto.law.kyoto-u.ac.jp/kogi/2012/2012seminar/zemiron_isds.pdf

こうした諸々を勘案すると、米国企業に有利な実態があるということは否めないのではないか。

しかしながらウィキリークスが今年はじめに暴露したTPPの投資家条項の最新バージョン( 2015年1月20日付)に関して、「曖昧な規定であって企業を優先する姿勢に変わりはない」として、ニューヨークタイムズが今3月に批判記事を載せている(面白いのは、「外国企業が米国政府を訴訟するだろう」と反対している点である)。
http://www.nytimes.com/2015/03/26/business/trans-pacific-partnership-seen-as-door-for-foreign-suits-against-us.html?_r=0

この5月には、Roosevelt Instituteのチーフエコノミストでノーベル経済学賞受賞者、Joseph Stiglitz氏が、米議会の指導的立場にある人たちに「確かに米国は国際訴訟では負けていないが、アンフェアな条項であって企業のみ得をして米国民にとってよくない」として反対するよう手紙で要請している。
http://www.rooseveltinstitute.org/sites/all/files/JEStiglitz%20Trade%20Letter%205.18.15.pdf

実は2013年11月に既に、訴訟の乱発を防ぐことを条件に、ISDS条項の導入については事務方の交渉で合意している。しかしその歯止め手段について具体的な詰めが行われないまま来ており、この終盤にきて再度注目を浴びそうな気配なのである。

漏れ聞こえる報道によると、1)申立期限を一定の年数に限る、2)明らかに法的根拠がない申し立ては迅速に却下する、3)条項適用の場合には情報を公開し手続きを透明化する、といった内容が現在の検討事項だという。これで国際訴訟に前がかりになっている米企業および弁護士に対し何の歯止めになると交渉事務方が考えているのか、何とも理解しがたい。

有効な歯止め手段なしに、こんな危ない条項をどうしてもTPPに含めたいのは、理不尽な訴訟で将来の投資先国から弁償金を奪おうと舌なめずりしている悪徳企業か、環太平洋を股にかけて大型の訴訟フィールドを広げようと躍起になっている多国籍法律事務所くらいだろう。

もしこのまま有効な歯止め手段が見つからないのなら、たとえ事務方で一旦は大枠に合意したとしても、日本は米国の良識派や他の参加国と手を結んで、TPPからはISDS条項を排除すべきである。ISDS条項が必要となる先進国‐途上国間の投資協定は、TPP決着後に個別の2ケ国間で結べばよい。
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